更新日:2021年11月11日
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昭和38年に行政的に分離されるまでは、龍郷集落の一字(あざ)でした。
昔は人家も2、3軒とわずかな数しかなく、漁の網干し場として近隣の人々が利用し、休息するための小屋が建っていました。
その小屋を「網小屋場(あみこやば)」と呼んでいたのが訛(なま)って「あんきやば」と変化したのが集落名の由来だと言われています。
集落の背後に控える神山「オダキ」の山頂には「今井権現」の社殿があり、平家の武将「今井権左衛門」が祭られています。
また、「オダキ」は沖に出た漁師にとっては位置を確認する目印に、山に入る猟師にとっては災いに遭わないことを祈る山であったそうです。
渡連のイトバショウ群落(外部サイトへリンク)や山の斜面に広がるソテツ群落(外部サイトへリンク)は、他の集落には見られない独特の風景です。
ウニ漁が解禁される6月頃からは、集落前に広がる砂浜に簡易な日よけを作って、「ウニ割り」に励む集落民の姿をあちこちで見ることが出来ます。
また、玉里地区の埋め立て事業を実施するなど、町制施行時の初代町長として町の振興発展に寄与した名誉町民、浜田光則氏の出身地です。
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